暁スタジオ レコーディング日記

ミュージシャン服部暁典によるレコーディング、ライヴ、機材のよもやま話

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音楽表現を後押しする想像力とは

OVER THE GENERATIONと題したインプロヴィゼーションライヴを聴きに行く。仙台市青葉区のSENDAI KOFFEE
にて。出演はDJ Korterこと中里広太と水沼慎一郎(Key)というごくごく親しいふたりと、おそらく首謀者であり服部が勝手に師匠と仰ぎ見る榊原光裕さん(Key)。正しくは水沼がゲストという立場らしい。

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即興演奏ではあるが、充分にドラマティックなものだった。音階とハーモニーを駆使して自由にあちこちを浮遊する水沼、水沼の出す音のツブの隙間を電子音も含めた様々な演奏で満たす榊原さん、そして場の空気をさりげなくスイッチする指揮者的振る舞いの広太という役割が自然発生していたように思う。目をつぶって聴いている聴衆も多く、私は山奥の湖の1日を早送りのビデオで見ているような印象を持った。朝霧の立ちこめる湖面、やがて朝日が射し晴れ間が広がっていく。時折風が湖面に波を起こし、にわか雨も降ったりする。そして夕暮れになりあたりが暗くなり1日が終わる…。

私は演奏する側の人間でもあるので、この夜の演奏を技術的に解説したりうんちくを語ることももちろん可能ではある。が、そういうことよりもこの文章をお読みの方に伝えたいのは、表層的なことではなく、音楽家の、表現行為に直結する内的エネルギーについてである。自分の内側にある自分の音楽をたくましくしなければ、こういう表現には関われない。ではどうやってたくましくするか。それは身体的訓練による基礎演奏能力の維持だったり自分を楽しませるための想像力だったりするのだが、大事なのは「自分にとっての快/不快に忠実である」ということではないだろうか。特に水沼、榊原さんという、能力はあるけど自分が納得できなきゃやりません、という人の演奏を聴くとそう思う。自分が楽しいかどうかは最も単純かつ最強の判断基準である。やっぱり人間、楽しくないことはやりたくないのである。

開演時間ぴったりに始まり、結果的に演奏は85分に及んだ。その間緊張感を維持した演奏者3人もすごいが、それぞれに自分の居場所を見つけて音と対峙した聴衆もすごいと思った。こういう演奏会では聴衆の態度や反応も演奏のうちだと思う。聴衆にも恵まれた演奏会だった。中でも聴衆に詩人の武田こうじさんがみえていて、演奏中に何かメモしていたのが印象的だった。そんな風に「即興演奏に反応する自分」を楽しんでも良かったのだろう。もしかしたら聴きながら本を読んだり、居眠りしても良かったのかもしれない。

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L to R 服部、榊原さん、水沼
広太が写った画像が無い!すまん!
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| 音楽雑感 | 18:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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