暁スタジオ レコーディング日記

ミュージシャン服部暁典によるレコーディング、ライヴ、機材のよもやま話

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小論・岡村靖幸の復活を祝う

岡村靖幸と及川光博は、私の中で同ジャンルのアーティストである。両者とも重度のプリンスマニアであり、時にはパクリ以下の「そのまんま」なプリンスの真似っこをすることは言うに及ばず、自身の作品やその表現時に演技という要素が少なからず加わるという点でも似通っている。岡村の演技はシャイネスの防御壁として、及川の芝居っ気は宝塚歌劇への憧れというような差はあるけれど。また恋歌を作詞しても岡村のテーマはあくまでセックスであるところ、及川のそれは少女マンガのような、行ってもキスどまり的な差もあるけれど。でも基本的にロマンティストで、例えばロックバンドのヴォーカルの「基本、素の自分っすよ」というスタンスとは明らかに違う「作っている」感があることは共通している。

個人的に、及川が「バラ色の人生(1999)」をリリースした段階で岡村の役割は終わったと思っていた。近しい人にはそれを公言していたこともある。その頃岡村は楽曲提供などが活動の中心となり始めており、2003年には最初の覚せい剤取締法違反で懲役刑(執行猶予付き)が課せられる。その後も2005年、2008年にも同罪で逮捕されており、世間的には「ダメ人間」と認知された。

私がそれにも増して「役割は終わった」と確信したのは、話は前後するが及川の「バラ色の人生」よりも前に、傑作アルバム「家庭教師(1990)」から5年もかけて発表したアルバム「禁じられた生きがい(1995)」がとてつもなく面白くなかったからだ。プリンスのエピゴーネンたる岡村靖幸がセルフコピーしても何も生まれないとがっかりしたものだ。

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その後紆余曲折があった。しかし2013年、岡村と及川の立場は逆転してしまった。2013年に発表された「ビバナミダ」は、曲の最初の0.00001秒の部分から、最後のリヴァーブが消えゆくその瞬間まで、私が求めていた「岡村靖幸」がパンパンに詰まっていた。文字通り、涙無しには聴けない大復活の大ノロシである。この曲のおかげで私の脳みそにはどんどんアドレナリンが噴出し、カーステレオのドアスピーカーは飛ぶ直前までいってしまった。そうなんだ。こういう岡村靖幸を聴きたかったんだ。なみだなみだそうなんだ。ちなみに同シングルCDに収録されている「ヘルシーメルシー」も年齢を重ねた岡村でなければ作り得ないファンクロックの佳曲である。ありがとう岡村靖幸。あのプリンスがビバナミダを聴いたらどんな顔するだろう。プリンスがビバナミダを聴いたとしても、真っ当にゼロから評価してくれるんじゃないか、と素直に思える。もう恥ずかしくない。岡村靖幸は岡村靖幸じゃないと生まれてこない音を作り出す人になったのだ。
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