暁スタジオ レコーディング日記

ミュージシャン服部暁典によるレコーディング、ライヴ、機材のよもやま話

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かわいそうな環境

YMO「TECHNOPOLIS」のマルチテープをスタジオでチェックする、という夢を見た。ユキヒロのドラムにベースのトラックを立ち上げて…、と聴いている自分。本来ならそんな僥倖、状況だけで嬉死するところだが、夢の中だからすごく冷静。むしろ「あぁ、この感じこの感じ。これだよなぁ」と嬉しくなっている。

「この感じ」とは、多重録音のごく初期の段階、どんどん楽器音が重なって行くあの感じ。最初の楽器が録音終了した状態では、アタマの中では「これでいいはず!」と思っていても、次の楽器を録ってみると、より「音楽」になって「うん!これこれ」と音楽ができあがっていく実感を噛みしめるあの感じである。

アタマの中にしか無かった音楽が、徐々に耳で聴くことができるものになっていく実感。これこそが自分の音楽の唯一のモチベーションだった。最近便利過ぎて忘れていた。

iMacとオーディオインターフェイスを買っても20万円弱。私が高校生だった30年前に同じ機能を揃えようとしたら、家を一軒建てるのと同じくらいの費用がかかった。安価に音楽制作ができることが絶対正義だとは思わないが、音楽制作の可能性を広げることには一定の意味があると思う。機材を揃え、環境を整え(ここまでだけでも大事業だ)、動作の不安定な機材を使いこなし、気持ち良く作業を進めるためには膨大なコツが必要だった。よほどのマニアじゃなければそこまで踏み込めない。しかしだからこそ数々のハードルを乗り越えて自分の頭の中の音楽が実体化する瞬間は特別のものだった。カセットMTRに録音した同期信号にドラムマシンが同期した瞬間のあのドーパミン量ときたら(笑)!

家庭教育教材も昨今は問題集や特製問題シートなどではなく、タブレットやゲーム機まがいの特製マシンだなんだと「手を動かさない」化が著しい。だが自分の手を動かし、普段使わない部分の脳みそを使うことで得られたものは中々忘れられない。30年前は「もっとこうだといいのに」がリアルタイムで実規格化・実機能化され、ユーザーはそれを歓迎した。しかし今は便利な選択肢ばかり豊富に用意されているが、それがどういう意味を持つのかを語る人はあまり多くない。DAWの初心者FAQに「シンセサイザーの音が出ません。ちゃんとMIDI INとMIDI OUTを繋いだのに/オーディオアウトをミキサーやアンプにつなぎましょう」的なことが書いてあるのを読むにつけ、MIDIだUSBだと、あれこれ約束事が決められている昨今の若者たちはかわいそうだと思ってしまう。
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| 音楽雑感 | 21:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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