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暁スタジオ レコーディング日記

ミュージシャン服部暁典によるレコーディング、ライヴ、機材のよもやま話

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劇伴から学んだこと

かつて芝居の音楽を作る経験を何度かさせていただいた。いや、もうやめたわけじゃなくて、お話があればいつでもやりますけど(笑)。その経験からたくさんのことを学んだが、今の自分にとって大きな財産になっているのは「音楽で語りすぎるな」と「ミュージシャンの特異なコミュニケーション方法」のふたつに気付けたことである。


言うまでもなく、お芝居の中の音楽は舞台上のワンピースでしかない。役者の芝居、衣装、舞台の小道具などとまったく同列に置かれる構成要素のひとつである。自己主張の強い音楽は邪魔になることが多い(ミュージカルのように音楽そのものに重きが置かれる舞台もあるし、音楽にそういう要素を求められるならば別だが)。ところが改めて振り返ってみると、自分が今まで作ってきた音楽は「いかに音楽だけで語り切るか」というものばかりだった。歌詞のない音楽=インストゥルメンタルミュージックだからといって「よくわからない」と言われるのはいやだなーと思い続けてきたし、歌詞の無いメロディやサウンドだけで、如何に濃い世界を構築できるかどうかがインスト曲作家の矜恃だとすら思ってきた。

今思えば勘違いも甚だしい(笑)。

とは言っても劇伴(劇中音楽)だからといってあまり難しく考える必要はないとも思う。要はバランスだ。その曲をその曲たらしめている要素を突き詰めることは作曲作業の要諦だが、フレーズのひとつひとつが必要以上に饒舌であってはいけないところが劇伴の難しさなのだと思う。

もうひとつの話。芝居の稽古場や劇場での会話に耳を澄ましていると、演劇人たちのコミュニケーションが本当に大変なことがよくわかる。役者や衣装、演出、脚本、音楽制作、音響、照明、大小の道具、さらには制作の人まで、誰もがアーティストであると同時に職人でもある。そしてそれぞれの分野に確固たる世界がすでにあり、言語(思考)やロジックも独特である。演劇とはロジックが異なる人びとがひとつの作品作りのためにエネルギーをつぎ込む「場」なのだ。だから演劇界にも符丁(関係者だけに通じる言葉)が多いし、あの頻発される呑み会は楽しみのためというよりは、異なる思考をする人同士が円滑なコミュニケーションを計るために必要なツールなのではないか、とすら思う。

これらのことは、ミュージシャンである自分が何度か演劇の現場に飛び込んでみて気が付いたことだが、当たっているかもしれないし的外れな思い込みかもしれない。ただ少なくとも、音楽の世界にだけ身を置いていたら気付かなかった、あるいは気付くのに多くの時間がかかったかもしれないとは思う。なぜならミュージシャン同士のコミュニケーションは楽で、これまで私はずっぽりとその楽ちんなコミュニケーションに浸ってきたからだ。ジャズやロックを含めたコンテンポラリーミュージックの世界では、多くの共通の約束事が徹底している。例えば背景も年齢も違うミュージシャンが数人集まってセッションしようぜということになったとしてもあまり慌てる必要はない。誰かがワン・ツー・スリーとカウントを出してくれれば曲は始まるのだし、とりあえずセッションの場で合わせてみようなんて曲は4か8小節ごとに場面展開のキーワードがちりばめられているから進行で迷うことも少ない。誰もが知っている曲を終わらせるフレーズやきっかけがいくつもある。約束事を知っていればいるほど楽なのだ。言葉で確認する時も多くの共通単語がある。なんとなればそれら共通単語は義務教育の場で日本人全員が教わるのだ。

私は何も演劇人のコミュニケーションが高度で、ミュージシャンのそれが低レベルと言いたいのではない。ミュージシャン同士の関係なら多くの言葉は必要ないのである。約束事以上に演奏で語り合えるからだ。それこそ音楽によるコミュニケーションの醍醐味であり、私はこの「通じ合う感覚」を糧に音楽に向かい合っていると言っても良い。だが同時に狭い範囲の人に深く強く通じる感覚は、自動的にそうでない人を疎外する力にもなり得る。ミュージシャンの中にもこのことに気付いている人は多いと思う。安易な「異業種コラボ」には疑念しか湧かないが、様々な表現者との「会話」を身に付けることは、ミュージシャン自身の音楽をより高みに上げる基礎能力のひとつになると思う。
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