暁スタジオ レコーディング日記

ミュージシャン服部暁典によるレコーディング、ライヴ、機材のよもやま話

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よく聴こえると、よくわかる

ここ最近、立て続けに「音源の適正な音量」に関する記事を読んだ。

「さらば、音圧競争。」OK Music
「収録レベルの話」スタジオ・ギョーキマエ

小まめにエントリーはしていないが、服部の新しいアルバムを作るべく作業は進んでいる。進行がゆっくりなだけで(笑)。曲を作ったとか演奏したということよりも、より良い音で作品を届ける、というエンジニアリング的に「良い音」をどう作るか?ということに興味が向く。


自分の音源がどのようなメディアで販売(または頒布)されるかどうかは、今はまだわからない。メディアがどうあれデジタルデータでリリースすることになるだろう。デジタル音源のダイナミクスをどう担保するかについては、そのための知識が必要になる(技術は共通)。

ここで念のために言っておくが、私はCD収録時にできるだけ音量を上げる、いわゆる「音圧競争」に加担するつもりはない。技術として習得したいとは思っているが、自身の曲をそういう状態で提供したいとはあまり思わない。別に波形のあちこちに飛び出た部分があってもいいじゃないか、と開き直ると同時に、しかし自分はまだ訂正な音量コントロール技術を身に付けているわけではないというジレンマも抱えている。聴いて気持ちの良いコンプレッションは欲しいが、息苦しいようなものは御免被りたい。

・・・

切れ切れに作業を続けているので、ある曲のベースやハーモニーを録音した翌日には別の曲のミックスダウンの続きをやったりしている。こういう作業のしかたは未経験のものだ。これまでは1曲のデータ打ち込みからミックスダウンまで、その曲にかかりっきりだった。かかりっきり、集中して作業することで得られるものがあると思っていた。いろいろあってそうも言っていられなくなったのだが、(自作曲とは言え)制作着手のタイミングが異なる曲と曲の間を行ったり来たりすることにも、意外とメリットがあることもわかってきた。

嬉しい驚きなのだが、半年経つだけで耳も技術も進歩する。従ってミックスダウンの途中で煮詰まっていた曲に、半年後に新しいアイデアを注入することで風穴が開いたりすることもある。多分これを数年単位で寝かせ続けると、自分自身がその曲に飽きてしまうという負のスパイラルが発生するのだろう。実際作りかけで没を食らう曲も現れ始めている。だが先日久しぶりにDAWに立ち上げたある曲は違った。

曲のアイデアそのものは実音化を後悔するようなものではなかったが、途中で止まっていたミックスダウンの結果がどうにも息苦しい。思いきってすべての音源のフェーダーをゼロ、フェーダー情報を書き込んだトラックについてはミュートして、ドラムの音作りから(つまりゼロから)再開してみた。すると結果的にリズムセクションのあれこれが、オーバーコンプレッションであることがわかってきた。ドラムセット単体で聴いて風通しが良いかどうか。特にコンプレッション用に別に設けたバスや、ステレオオーバーヘッドのチャンネルは「オレ、どうしちゃったんだ?」と思えるほどぎゅうぎゅうにコンプレッションされていた。そこを丁寧にほぐして、「レベルよりもエア」を念頭に作業を続けたら、全体的に良い感じになった。同時にがんばって打ち込んだけど、やっぱりダメだな、これは、というフレーズやセクションに気付いたりもした。

結局「良く聴こえる」ということは「フレーズの判断」にも役に立つのだなぁという、実にありきたりな気付きなのだが、気付かないまま作業を進めなくてよかった。
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