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暁スタジオ レコーディング日記

ミュージシャン服部暁典によるレコーディング、ライヴ、機材のよもやま話

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レヴュー:"Sweet Song Covers" May J.

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May J.のカバーソング集、「Sweet Song Covers」の感想を書く。購入前に1分程度のPVを見て、ややネガティヴな感想をSNSに書き込んだところ、批評なら全部を聴いた上でした方が良いのでは?という指摘をいただいた。全編を聴いた今でもその時に書いた「ネガティヴな感想」は変わらなかったが、作品そのものは実に楽しめるものだったので、感想を書いてみたい。



May J.の作品をきちんと聴くのは実は初めてなのだが、失礼を承知で言えば上手で驚いた。本作のレコーディングでは同時録音(ミュージシャンとヴォーカルが同じスタジオに入り同時に録音すること)にこだわったというが、高名なミュージシャンの過不足無い演奏との真剣勝負は、大いに力になったことだろう。伸び盛りの人という印象を受ける。そのことは同時に「まだ伸び代がありますね」とわかってしまうことにもなるのだが、アルバム全体の完成度を鑑みれば、そこは帳消しにしても良いと思う。本人の充実ぶりもプロジェクトに関わるミュージシャン、スタッフの力の入れ加減も程よくバランスした、買って損の無いアルバムである。

アルバム全体を通じて感じるMay J.本人の「伸び代」とは、簡単に言えばやりすぎ感である。あちらこちらに原曲を越えようとする力みのようなものを感じる場面がある。いじわるな言い方をすれば「自分の最高の瞬間」だけを収録することに腐心しているように聴こえるのだ。「最高の瞬間」も連続すれば返って一本調子に聴こえてしまう。これだけの名曲が揃えばそんな気持ちも仕方ないと思うが…。がんばれることはよくわかるので、「抑制」もいずれ身に付けていただれば、素晴らしい歌手になると思う。

実はエンジニアリングを含めたプロデュースワークにもその力みのようなものは感じられる。昨今の商業音楽の販売形態を考えるとその理由もわかる。多くの音源はアルバムで発表しても、リスナーの判断でバラで買われる可能性の方が高い。だからどの曲もシングルカットするかのような力量で制作される。まるでベテラン歌手のベストアルバムのような、異様に高いテンションが全体に漲っているのだ。結果的に通して聴いていると、緩急が足りず中盤以降に聴き疲れを覚える瞬間がある。隅々まで原曲群に対する「敬意」が感じられるからこその「ないものねだり」ではある。

アルバムの選曲の面からも少し触れておきたい。このアルバムに収録された原曲は80年代の作品が中心ではあるが、全体では70〜90年代の30年間に渡っている。30年と言えば、流行歌の世界ではずいぶん長い時間である。その間歌謡曲の本質的な部分に大きな変化はないが、プロ作家+プロ歌手ばかりという構図から、歌い手のキャラクター重視であったり、逆にシンガーソングライターの活躍といった楽曲重視傾向など、真逆の力が強く作用しあった30年間とも言えるだろう。そんな紆余曲折を経た2016年の現在、少なくともメロディとハーモニーだけの状態それだけで魅力的かどうかという視点だけでは、良曲かどうかの判断は難しい。

その点このアルバムに収録された楽曲郡は、正真正銘リードシート(メロディーとコードだけが記入された譜面)だけで100年後まで生き延びる力を持ったものばかり。プロデューサーだけでなく、アレンジャーにも相当なプレッシャーがあったろう。それはもちろん看板女優たるMay.Jも同様、いやそれ以上のプレッシャーだったろうことは想像に難くない。だがそのプレッシャーは見事に良い方向に転化された。聞き応えのある作品であり老若男女が楽しめる出来であり、現代日本音楽界の演奏能力、プロデュースワークを活写したマイルストーンとしても持っていて損の無いアルバムと言える。

では冒頭に書いたPVを見てのネガティブな感想とは何か。このアルバムに限らず、実力ある演奏家や歌手が、その力量と才能をカバーに費やしている場合なのか?ということだ。現代を生きる表現者であれば、やはり現代でなければ生み出せない何かを創出することこそ本分ではないのか。出来が良ければ良いほど、このジレンマを感じずにいられない。そんな難しいこと言わずに楽しめばいいじゃん。まったくそのとおりなのだけど。

01:Ride on Time(山下達郎)
アレンジャーもプロデューサーも「好きすぎて」力んでしまったのだろう。あらゆる意味で過剰。アルバムの顔なのに結果としてアルバム中最低の出来。特にMay J.の歌には「技癢」の気配すら感じてしまう。あるいは山下達郎に及ばぬ自身の技量を過剰に飾ることで取り繕おうとしたのか。

02:木綿のハンカチーフ(太田裕美)
まずMay J.の歌声がオリジナルの太田裕美そっくりで驚いた。アレンジも歌謡曲王道をしっかり守っていて、結果的に太田裕美のセルフカバーか?とすら思う。恥ずかしながらこの曲を最後まで聴いたのは初めてで、歌詞構造上すごく歌うのが難しい曲なのだと今さら知った。難しい歌詞世界を歌いこなしているという意味では良い歌唱。

03:Sweet Memories(松田聖子)
こんな艶っぽいオルガン奏者が日本にいたなんて…!このハモンドオルガンを聴くためだけにこのアルバムを買ってもいいくらいだ。このアルバム制作にあたりMay J.は同時録音(ミュージシャンとヴォーカルが同じスタジオに入り同時に録音すること)にこだわったというが、その成果を端的に実感できるテイクでもある。オリジナルである当時の松田聖子も含めて、この曲を歌うにはMay J.は残念ながら若すぎる(人生経験が少なすぎる)と思わずにいられない。

04:初恋(村下孝蔵)
一転してアコースティックギターだけの伴奏による密室感あふれるテイク。この伴奏、やけにトリッキーな演奏だなぁと思ったらどうも押尾コータローらしい。単なる伴奏に留まらない躍動感溢れる演奏で、若いが一本調子なMay J.のヴォーカルと丁度良いバランスで渡り合っている。

05:あなた(小坂明子)
歌い上げ系楽曲の、この曲がアルバム中の白眉である。原曲を彷彿とさせるアレンジがいっそ清々しい。まっすぐに歌い上げるスタイルならMay J.はすでに相当の腕前で、バラエティ豊かな楽曲群の中での見事な直球ストライク。「あ、この手があったか」と聴き手の耳をリセットする役目も果たしていると思う。そしてそもそも曲が素晴らしい。

06:うふふ(EPO)
太田裕美だけでなく、May J.の声はEPOにも似ている。曲そのものはEPOの歌手人生を大いに回り道させた徒花のようなもので、このアルバムに取り上げるにはやや軽率と思われるが、どういう意図で選曲されたのだろうか。良くも悪くも凡庸なテイク。

07:待つわ(あみん)
原曲をさらにゴージャスに磨き上げた、しかし原曲のイメージを損なわない奇跡のバランスのアレンジをまずは聴いて欲しい。ある意味これも直球ど真ん中。ただし原曲を本人は知らなかった模様(「待つわ」の発表は1982年。May J.は1988年生まれ。ま、当然と言えば当然)。この曲の歌詞の精神世界は現代の恋愛模様では確実にアウト。価値観の異なるかような歌詞世界をMay J.のような年齢の女性歌手が咀嚼するのは難しいのだろう。

08:ただ泣きたくなるの(中山美穂)
この曲だけは初めて聴いた。ひとり多重録音によるトロンボーン十二重奏がフィーチュアされている。メロディーそのものは大変難しい曲で、May J.も苦労している様がわかる。友達の結婚を祝う若い女性が歌われているのだそうだが、技巧的に乗りこなすことに精いっぱいで、感情表現までは手が回らなかった模様。

09:春よ、来い(松任谷由実)
まさかのハープ一本での伴奏。そしてハープとはこんなに表情豊かにハーモニーを担えるものなのか…!と目からウロコが足元に山になるほど落ちること請け合い。これもハープ奏者とMay J.がスタジオで一対一で録音したそうな。ぐつぐつ煮えたぎる鍋に顔を近づけたようなシズル感。

10:異邦人(久保田早紀)

実はRide on Timeよりも重要なのはこちら。ビッグバンドラテンジャズ。2016年にこの曲を演奏するならこれくらはやらねばならぬ…というアレンジャーの決意がきっちり伝わってくる。原曲のイメージそのままなのに、ハーモニーの内声が目まぐるしく跳躍し、結果的に万華鏡のような煌めきを曲に与えている。こんなことを書くのは本当に申し訳ないが、大野雄二御大の時代は終わったのだと思わずにいられない。

11:秋桜(山口百恵)
普遍的な歌詞テーマとメロディーとハーモニー。完成度の高い歌謡曲の見本のような曲。さすがにMay J.も「抑制」について考えたか、ヴォーカルそのもののダイナミクスが振れ幅が大きく、結果的に静謐なのにドラマティックという奇跡が起こっている。「あなた」が歌い上げ系の白眉だとしたら、このテイクはしっとり系最大の聞き所と言える。結婚前日の娘と母親のスケッチという歌詞世界も、恐らく彼女くらいの年齢の歌い手を求めているのだろう。この曲は歌のうまい若い女性が歌わなければいけない。すべてのバランスが100点満点のテイク。

12:思い出がいっぱい(H2O)
普遍性があるのに、初披露した歌手以外が歌うとしっくりこない曲というのは確かにある。この曲もそうだろう。男歌とか女歌とか、あるいは歌詞の扱うテーマとか理由は様々にあるのだろうけれど、残念ながらこのテイクは原曲の新鮮な驚きを越えられていない。

13:北の国から -遥かなる大地より-(さだまさし)
さだまさし以外の人間が、ドラマのBGM以外の目的で、この曲を演奏する意義を見出せない。少なくともこのテイクでは納得できない。
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