暁スタジオ レコーディング日記

ミュージシャン服部暁典によるレコーディング、ライヴ、機材のよもやま話

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おもしろければそれでいい

幼稚園の先生から「子どもたちに身体を動かす楽しさ、音楽の楽しさを伝えてください」と言われたら、ミュージシャン諸氏ならどうするだろうか。

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これはシンプルな依頼だが普遍性の高い内容であり、実際にそのことを納得してもらうのはとても難しい。ダンサー渋谷裕子さんからお誘いを受けた時、こりゃあとんでもない話だぞと心の中で怯んだ。同時にそのゴールに至るまでの葛藤や達成感みたいなものを想像すれば、そこにオレ以外の鍵盤奏者がいるのはヤダ!とも強く思った。ということで、確たるプランもないままに「やる」と返答したものの、おいおいどーする、と。

音楽の楽しさをわかってもらうということは、ある意味でミュージシャンの究極の到達点と言っても過言ではない。だがこういうお題を突きつけられて、初めて言語的に考える機会を得た。普段お金をいただいて演奏する場にいるわけだが、そういう場所では観客だって支払った代金の対価を得ようとするから、すでにして能動的に(悪く言えば勝手に、銘々に)楽しみを見つけてくれると言える。もっと言うと、演奏会場までわざわざやってきて、しかもお金を払ってまでその場に居ようとしてくれるわけで、音楽(あるいはそこで展開される何かしらの表現行為)の価値をすでに知っているとも言える。

その能動的な人々、すでに価値を認めてくれている人々に対して、それを裏切らないクオリティの音楽を提供するのがミュージシャンの役目である。文中の「音楽」は読者の中で様々な表現行為の名前に適宜置き換えてください。

だが今回は場の成り立ちそのものが違う。普段どおりの園生活をしている幼稚園児に対して、突然現れたダンサーとミュージシャンが「いっしょに遊ぼう!」と呼びかけるのである。と言うか呼びかけないと始まらないのだ。先生が会場に誘導してくれるわけでもなければ、「さぁ、みんなお口を閉じて!」などと指導してくれるわけでもない。おもしろそうだと思えばいっしょに身体を動かしたり音楽を聴いてくれていい。そして興味がなければ参加しなくてもいい。

こうやって文字にしてみると、なんと高いハードルであることか。ハードル?何がハードルなのだろうか。それはまず我々の動きや音に興味を持ってくれるだろうかという不安。そしてその興味を蒸発させることなく、最後まで楽しんでくれるだろうかという不安。話をあれこれ削ぎ落としていくとそういうことだ。

こういうことをやっている人は実はたくさんいる。ストリートミュージシャンもそういう場で自らを削っている人たちだと言えるだろう。本質的には同じことだと思う。だが対象の人種が大きく異なる。誰だって朝の幼稚園児と夜に街を歩いている大人に対して話しかける口調は異なるでしょう?同じことですよ。こういうものをワークショップと呼ぶ人もいるかもしれないが、そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。重要なことは園児はそんなこと気にしてないということだ。面白ければそれでいいのである。

最初で最後のリハーサルを行った。何をどうすれば良いのだろうという巨大な「?(クエスチョンマーク)」をそれぞれに抱きつつのリハーサルだったが、こういう窮地だからこそみんなのアイデアの応酬がすごい。ミュージシャンサイドとしては裕子さんの動きそのものが、こう、未知のものというか、なんかそれ、どーなってんの?的な(笑)。齋藤寛、佐藤弘基のふたりが出演をOKしてくれたことで音楽的にはものすごく厚くなった。未知のものを未知のものとして受け入れる度量のある演奏ができるようになっていると自負している。逆に裕子さんの身体に対して音楽がどれくらいインプットできたのか。ワーク(実際に園児たちと動いてみる動作やその動きのパート)の進行の都合で曲を途中で止めることになるのだが、「演奏止めるのもったいないー!」とのお言葉をいただいたので、悪くはなかったのだろう。

そして、どんなに詳細を詰めても、園児たちの当日の反応次第ではペース配分も何もかもが変わる可能性がある。本番は2017年2月7日の午前中。
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