暁スタジオ レコーディング日記

ミュージシャン服部暁典によるレコーディング、ライヴ、機材のよもやま話

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みんなのうたの世界展を観てきた

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NHKエンタープライズが企画した「みんなのうたの世界展」という展示企画を観てきた。福島県三春町にて。当日の様子は別途クルマブログの方に書いたこちらが詳しい。そのプログラムの中に「みんなのうたシアター」という映像閲覧コーナーがあり、その中の一編として「コンピューターおばあちゃん」が上映されるというではないか!この曲は編曲を坂本龍一が手がけており、Prophet5使いとして円熟期の坂本龍一サウンドを堪能できる逸品であることはみなさんご存知のとおり。懐かしい映像観たさに三春へ赴き、昭和編と題された20分程度の総集編を堪能した(別に平成編もあった)。そのメニューは以下のとおりである。

おお牧場はみどり
ちいさい秋みつけた(1972年版)
大きな古時計(1973年版)
山口さんちのツトム君
南の島のハメハメハ大王
コンピューターおばあちゃん
切手のないおくりもの(1982年版)
おもいでのアルバム(1982年版)
メトロポリタン美術館


1968年生まれの筆者は全部知っている。改めて思うのは、才能ある人が手を抜かずに作った曲ばかりだなぁということだ。もちろんこれは制作者側の熱意の現れでありその勝利でもある。子どもの頃は刺激の少ない童謡に毛の生えたようなツマラン曲ばかり…と思っていたが、いろいろわかってきた今聴くと実に味わい深い詞・曲・演奏・歌唱ばかりである。私はもっぱら「コンピューターおばあちゃん」の映像だけが目的だったのだが、結局昭和編全編を2回リピートして観てしまうほど楽しめた。解説的にまとめることなどできそうもないので、思いつくままにあれこれ感想を書いてみたい。

おお牧場はみどり
いきなりチェコ民謡とテロップに出て驚いた。そうだったのか。しかし何回聴いても「ホイ!」に馴染めない。おそらく原曲にあるのだろう、「ホイ!」は。そこだけ残したので不自然なのかもしれない。もし掛け声のつもりで新たに作詞された部分なのなら、先人の試行錯誤の証と受け止めたい。

ちいさい秋みつけた(1972年版)
大人になるとわかるこの味わい。歌詞・曲ともに完璧。Wikipediaの当該項目によると、NHKのある特別番組のために制作されたそうで、それを私は発注側の見識と受けて立った作詞サトウハチロー+作曲中田善直が真っ向勝負した結果生まれたエバーグリーンとみる。ボニージャックスの歌唱も本当に直球勝負のパフォーマンスである。ただ72年よりも遡る発表当時のボニージャックスはゴリゴリのジャズハーモニーグループだったそうで、そういう人たちをこういう叙情的な作品の歌い手として起用する冒険を実は冒しているのだった。そういった数々のチャレンジが全部うまい方へ収束した、日本を代表する歌曲だと思う。1972年版ではイラストをクローズアップやパンニングなどで見せる映像に改変されており、これもまた素晴らしい。本当に当時気鋭のメンバーだけが集められたことがよくわかる。

ちなみにこの曲の良さを最初に思い出させてくれたのは、矢野顕子がアルバム「峠のわが家(1986年)」に収録したカバーバージョンで、こちらも何度聴いても鳥肌が立つ。

大きな古時計(1973年版)
平井堅がシングル曲として発表するほど愛しているそうで、その演奏も聴いた事があるものの、どうにも感情移入過多で多少の胸焼けを伴う出来だった。この1973年版を聴くと思ったとおりパフォーマンスはあっさりしているのだが、逆にメロディラインの非凡さが浮き上がる。

山口さんちのツトム君
この曲の大ヒットは子ども心にも覚えているのだが、改めて聴いてみると当時のアレンジのトレンドがたっぷり反映されていることがわかる。ゴリゴリのクラビネットが大活躍しており、実は当時のアニメの劇伴でも同様の傾向があるのだ。作詞作曲のみなみらんぼうは当時売れっ子作家だったはずで、そんな背景も豊かに思える。2017年のチャート10に並ぶ曲の作家が、どれだけ「みんなのうた」のフォーマットに耐えられるか疑問だ。

南の島のハメハメハ大王
本命を除くと実はこの曲が今回の最大の収穫。水森亜土の歌のうまさにまさに爆驚。森田公一が作曲してトップギャランが水森亜土の脇を固める。紐と小道具だけで登場人物を表現するアーティスティックな映像もまたすごい。この映像を観て以来、サビのコーラスが頭の中でリピートしている。最高だ。

コンピューターおばあちゃん
当時の「YMO的な要素」が全部揃っているかのようなポップなアレンジ。坂本龍一は本人名義ではなく、誰かのバックに廻る(プロデュースやアレンジ、演奏など)と突然「坂本龍一カラー」が強くなる人だと思っているが、この曲もまたそのひとつである。そして当時YMOに脳を侵されていた人たちにとって、アルバム「BGM(1981年)」に求めていたのはこのようなアプローチだったのだ。キャッチーなメロディーや歌詞をコーティングする形でYMO的な要素に触れられる曲としても、この曲は特別である。

私は中学2年生当時にこの曲のシングルレコードを買った。人生で2番目に買ったシングルレコードとして今も所有している。B面収録の「フォトムジーク」と併せて、音楽に魅せられ始めた頃の興奮を蘇らせる1曲でもある。

切手のないおくりもの(1982年版)
当時の歌謡曲シーンと同じで、いわゆるニューミュージック系のスターがみんなのうた作家としても活躍しはじめている。この曲はチューリップの財津和夫の詞曲と歌唱で、この1982年版ではなんと本人が映像に出演している。また時節柄ドラムはLINNドラムで、みんなのうたまでドラムマシンかよ…と少し暗鬱とした気分になった。改めてじっくり聴いてみると、この曲は名曲のAメロだけを繰り返しているのと同じで、実は贅沢な造りであることがわかる。ただ贅肉部分をざっくり切り落としているという意味では逆に平板な印象を与える危険もはらんでいる。この1982年版に施されたアレンジ(多分リハーモナイズされている)が程よいスパイスとして機能していてさすがである。

思い出のアルバム
この曲を聴くと、どうしても自分の母が好きな歌という印象を持ってしまう。だから自ら好きになれない。「オカンの好きな曲なんざ、ダサくて聴いてられるかよ!」の少年の気持ちである。大人になった今フラットに対峙しようと試みたが、そうやって聴くと、芹洋子の歌唱がややくどい。

メトロポリタン美術館
「コンピューターおばあちゃん」が「YMO的な要素」満載の曲だとすれば、これは「大貫妙子的な要素」満載の曲である。大貫妙子が「すごい人」として認識されるようになってきたのは、後にヨーロピアン三部作と呼ばれる3枚のアルバム発表前後からだと勝手に思っているのだが、その頃に本人が自らの中に開拓した要素がかなりの割合で埋め込まれていると思う。そしてその三部作で活躍してきた清水信之の編曲がやはり重要。清水信之の凄さは飯島真理のサードアルバム「Midori(1985年)」で初めて震撼させられるのだが、この頃すでに清水信之的手法が確立されていることもはっきりわかる。

以上、感想を書き連ねただけで恐縮だが、実に楽しい体験であった。2分半の映像を見るためだけに三春までクルマを走らせたが、その甲斐はあった。
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