暁スタジオ レコーディング日記

ミュージシャン服部暁典によるレコーディング、ライヴ、機材のよもやま話

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音楽家・鈴木雅光君のこと

8月24日に終了したKeyboardist Union@仙台ライヴであるが、各出演者のステージ転換中の時間を、リラックスして聞いてもらえる演奏の時間に再定義してすでに数回になる。これを我々スタッフは「幕間演奏」と呼んでいるのだが。

記念すべき第10回目のライヴの幕間演奏を鈴木雅光君が買って出てくれた。しかも戦前に作られた「リードオルガン」をわざわざ持ち込んで、である。もちろん貴重なものである。

リードオルガンは発音機構として鍵盤ハーモニカの元祖みたいなものであり、そのつながりでオルガンと私の演奏する鍵盤ハーモニカで何かやろう、という提案だった。もちろん一も二もなく賛成である。そのリハーサルの様子は以前アップしたが、今回彼が演奏しようとした曲は彼のオリジナル曲「夏の峠道」と誰もが知っているあの曲、「ふるさと」であった。実際そんなヴィンテージな「足踏みオルガン」がどれほどの表現力を持っているか、無知な私はリハーサルでその演奏を聴くまでは半信半疑だったのだが、全くもって脱帽もの。もちろん旧い楽器ではあるから「どんなことでもできますよ」的な表現力ではもちろん無いが、逆に「この楽器だからこその、この音色だからこその表現」をきちんと追求したくなる音色であった。

reedorgan.jpg
リハーサル。実は音源もある

考えてみると、シンセサイザー一色だった私が鍵盤ハーモニカに惹かれたのも、この「不自由だからこその表現」という未知の条件が理由だったのではないかと思う。音域も狭い、せいぜい3音ポリフォニック、音量も小さい鍵盤ハーモニカは、だからこそ「ではこの条件で何ができるのか」という意欲をものすごく引き出してくれる。そして探求すればするほど、楽器が応えてくれる実感もある。

雅光君が今回2曲に施したアレンジにも、その「限られた条件下での表現の模索」というものが感じられた。と同時にこのアレンジならこのリードオルガンのこの音色しかあり得ない!と言う最適感も味わえた。早い話がずっぱまりということである。あの夜会場にいてアレンジのことを考える機会が多い人ほど、雅光君の演奏とアレンジには感嘆したようだ。私はいっしょに演奏しながら、ただただ「うんうん。これしか無いよな」と思っていた。雅光君の知識量、センス、個人的な思い出が絶妙にブレンドされてあのリードオルガンを鳴らしていたと思う。

masamitsu.png
photo by a2c takahashi

makuai_05.jpg 
「夏の峠道」

makuai_08.jpg 

改めて彼の才能に脱帽である。自分の人生・生活のすぐ近くにこんな偉人がいるというのは、嬉しいという単純な感情を飛び越して、驚くしかない。

※2012.09.02.追記 画像を追加。橋元様ありがとうございました。
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