暁スタジオ レコーディング日記

ミュージシャン服部暁典によるレコーディング、ライヴ、機材のよもやま話

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熟慮と(当時よりは)質の高い耳を手に入れた

そいで早速ミックスしちゃったわけですよ。

先日とあるミュージシャンから「今でも一週間に一曲とか仕上げてるんですか?」と聞かれて驚いた。彼のその情報は間違いではないが、以前に比べれば別人のように一曲の仕上がりには時間がかかるようになった。

なぜか。答えは単純である。曲を作り録音するのにコンピュータを使っているからだ。どこかに書いた気がするが、コンピュータを使っていると結論の先送りができて、あとからいくらでも修正が効く。しかしそれは完成しないという意味でもある。「とりあえず」のテイクにまた「とりあえず」のテイクを重ねていくことが可能になる。

音楽に限らず何かを作る時は「どこかで割り切らなければならない」。多重録音などという手法では逆に常に完成形を見据えてどこかのタイミングで「もうこれはこれで良し」と判断しなければ先に進めない。

「とりあえず」のテイクを積み重ねていくと、それでも耳で実音として聴いてしまうとそこからイマジネイションをさらに膨らませるのは難しい。「とりあえず」出発点やフレーズのメモ程度に積み重ねたものが、「結果」として定着してしまう。

これを解決する方法はひとつで「常に完成形を明確に保つ」こと。これさえしっかりできていれば「即断」が可能になり、曲のイメージがフレッシュなうちに完成に持って行ける。

冒頭の質問に戻るが、二十歳くらいの頃は一日に一曲作っていた。カセットMTRでどんどん録っていく。もちろんMacなんか無くて、唯一ある自動演奏装置はドラムマシン(KORG DDD-5。今でも使っている!)だけ。それも曲全体のサイズやアレンジが決まっていなければ打ち込むこともできない。パターンとソングだからね。そうしてその一曲の頭からケツまで組み上げたドラムマシンの演奏をバックに全部手弾きで重ねて行った。熱にうかされたようにというのはああいうことを言うのだろう。もちろん曲としては稚拙なものだが、しかしあの頃のような熱気を持った曲を作っているかと問われれば「もう無理」と答えるしかない。その代わり熟慮と(当時よりは)質の高い耳を手に入れた。本当に音楽のことだけ考えていれば良い人生なら、今なら一週間に一曲が限度だろう。

20070313-mixing_now.jpg

新曲のミックスダウン、とりあえず終了した。一日に一曲作っていた頃と違って、完成した自分の曲に新鮮さは感じられない。完成までに聞き飽きてしまうのだ。そのことだけはちょっともったいないと思う。
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